株式会社マーケティングジャーナル

 ファーマーレポート


冬の農業を力に変える「冬の野菜栽培が経営の安定に貢献」
取材先:滋賀県草津市 農業法人㈱横江ファーム  

  自然にとって冬は往々にして休息の時である。陽が弱まり様々なものに静寂が訪れ、動物は深く眠り巣ごもりし、植物は葉を落として身を潜め、あるいは種に次代を託して枯れていく。雪でも降れば景色さえも色が失われていく。自然と共にある農業も同じで、冬は一般的に農閑期だ。しかし人の営みはそうもいかない。日々の暮らしに追われ、慌ただしく動き回る。食べるために働かねばならない。寒いからと言って仕事を休むわけにもいかず、ビジネスは止まらない。農業を成長産業にする。つまりは農業をビジネスとして捉えるということでもあり、それならば冬に農業を止めてはならない。年間を通した生産活動が経営を安定させていく。冬の静寂を活力に変える。冬の農業の充実が大きな可能性に繋がる。



 

 
冬場も盛んな露地栽培▲冬場は生育が安定する▲社屋


農業をビジネスとして展開

 滋賀県草津市の北山田町で露地・施設を組み合わせた葉物野菜の栽培を行い大きな成果を上げているのが農業法人㈱横江ファームだ。法人組織となったのは平成23年だが、代表取締役社長の横江傳造さん(75歳)は中学を卒業してこの道に入って60年の大ベテラン。プロ農家として儲かる農業を探求してきたが、就農当時は「全然儲からない」と苦笑い。「こんな農業は面白くないなと思って、儲かっている農家さんの所で話を聞き、仲卸さんに尋ね、どうやったら自分の野菜が高く買ってもらえるのかと常に観察していました」。また中古のオート三輪を購入し、農産物の運搬を自らこなす内、集荷人にもなった。地域の農産物を市場に運び、手数料と情報を得るようになり次第に儲かる農業へと歩み始め農業のビジネス化に邁進してきた。現在代表取締役を務める娘の秀美さん(48歳)と共に、更なる発展を期す。その中に冬の農業が経営に及ぼす効能があった。

 横江ファームが栽培を展開する地域は琵琶湖の周辺にあって、温暖な気候と豊かな水を活用した施設野菜の一大産地ともなっている。およそ2000棟のビニールハウス群があり、近畿最大級の規模となっている。もともと明治の頃は桑が栽培され、養蚕経営が行われていたが、大正になると繭の価格が低落し山田ダイコンの作付けが始まった。これは疎水を使って京都に送られ、良質な漬物の材料になると人気があった。しかし、昭和38年にはウィルス病が多発し、作付けが激減。次第にビニールハウスの導入が進み、施設野菜の栽培が盛んになっていった。現在、草津市では様々な野菜が生産され、草津ブランドの野菜を“ベジクサ”として認証し、広く認知を図っている。

 その中で横江ファームは露地と施設をそれぞれ3.5ha経営し、ビニールハウスは100棟に及ぶ。栽培しているものは小松菜を主力に、水菜、はくさい菜、ほうれん草、おくら、メロンなど。農業をビジネスとして捉え、もうかる農業を実践。マーケットインの発想から、売れる野菜を生産している。販売ルートは生協を中心とした数社の量販店と契約。「作れば売れる時代ではないので販売元と相談しながら売れるものを作っています。その中で、おくらや、はくさい菜も出荷するようになりました」。はくさい菜は黄みがかった緑で、濃い緑が多い葉物の中に陳列すると目を引く。それが売り場の彩りにもなると、最近は量販店からの引き合いが強い。

 契約販売で重要になるのが高品質な野菜を安定的に生産し出荷する綿密な計画栽培・計画出荷だ。「安定価格で取引するかわりに、決めた荷物を必ず届けることが大切。自然相手で計画通りに進めるのはなかなか難しいことですが」。そのために露地栽培と施設栽培は半分ずつになっている。「天候不順などで露地栽培が大きな影響を受けても被害は半分で済みます」。逆に台風でハウスが倒れるような時は露地栽培が残る。共にリスクを補う関係にある。またビジネスとして心がけているのが経費の削減。「無駄な経費をかけないようにしています」。露地でできるものは露地で栽培する。ハウスは補強こそすれ、設備にお金をかけすぎたりもしない。耕作地は「周囲に区画整理された水田がありますが、作付けされずに余った所もあり、それをお借りしています」。排水対策をしっかり行うことで、綿密な計画栽培に応える野菜栽培が可能となっている。出荷前の調製作業で発生する大量の野菜くずは、その有効利用を図るため、一部を加工品へとまわしている。小松菜の栄養をたっぷり含んだ“かける小松菜”は、「万能ソースとして様々な料理に合わせることができます。加熱しても変色しない小松菜ペーストはホテルや学校給食で使ってもらっています」と秀美さん。“かける小松菜”は近隣の道の駅や東京で展開している県のアンテナショップ“ここ滋賀”などで購入することができる。


野菜の商品価値を上げていく

 儲かる農業を続けるためには商品が消費者にとって魅力的でなければならない。横江ファームでは“野菜の価値創造”をテーマに付加価値のある野菜を栽培している。その取り組みの一つは、安全・安心な野菜を提供するというもので、防虫ネットや捕虫器を使い、あるいは耕種的防除を行い、低農薬栽培が徹底されている。また立命館大学の久保教授らが提唱する農耕地土壌診断技術SOFIXを導入。土壌の微生物量に注目し、堆肥を使い分けながら科学的な指標に基づく土作りを行っている。また品質に関しては琵琶湖の水をふんだんに使いながら育て、十分な生育を促し、「例えば小松菜なら硝酸態窒素を少なくすることで糖度が増すような作り方をしています」と傳造さん。さらに調製作業においては、「野菜を傷付けないため機械も水も使わず、土を布で落とすなどの手作業で行って鮮度を保ち、その日のうちに梱包してしまいます」と秀美さん。商品として丁寧なものづくりが行われている。その上で、昨年、グローバルGAPを取得した。食の安全・環境保全・労働安全を目的とした国際認証で野菜を対象とした認定は滋賀県初の第1号。「元々京都生協さんのGAPをクリアしていたので、グローバルGAPもすぐとれるだろうと挑戦しましたが、取得までに1年半かかりました」。そのサポートとなったのがパナソニックの農業管理システム“栽培ナビ”。整理整頓から始まる約220の審査項目があり、そのクリアに大きく寄与した。食べ物を作る資格をグローバルな基準で明確化したということで、今後輸出などの可能性を広げ、スタッフの意識改革に繋がる。


冬場の農業はコントロールできる

 「儲かる農業の見本を見せたいという気持ちでやってきた」と傳造さん。その思いで無駄な経費を削減し、高い品質を保ち、付加価値を付けた販売を行ってきた。そして量販店と取引する上で計画栽培・計画出荷が何よりも重要と認識し、季節による生産量と需要の変化を事前に予測。1年間の綿密な栽培計画を立ててきた。しかし、天候の加減もあり、毎回たやすく計画を達成しているわけでは無い。特に夏場の生産が大きな課題となっている。「生育が速くて油断していると成長しすぎてしまうし、大雨や台風などの自然災害や最近は暑すぎなどもあり、そうするとなかなか計算通りにはいかない」。近年益々異常気象が先鋭化してくる傾向にあり、露地栽培とハウス栽培をうまく組み合わせながら、長年の経験を元に乗り越えてはいるが、度を超して降り続けるゲリラ豪雨や災害級とまで言われる異常な暑さが計画を妨げる。

 実は「冬場の農業の方が簡単です」と傳造さん。「冬場だと全部の圃場に播きつけていても、生育が穏やかで計画通りに収穫できます。秋作の前に作付けして、冬が来るまでに概ね育成させておくと冬場は収穫ばかりができます。雪が降ったり、寒さが厳しい時はハウスのものを、晴天の時は露地ものを」。栽培・出荷をコントロールすることができる。また、冬場の野菜栽培では、低温糖化の現象が起こり、糖度が高くなって甘みのある野菜ができる。「露地で寒さや霜にあてて栽培したほうれん草は格段に甘みが増します。葉肉も厚くなり、これらを霜降りほうれん草として販売しています」。冬場の気候は安定出荷にとって有利に働き、付加価値の向上にも貢献する。

 近年、天候が不安定化し、特に夏場は極端な気温、降雨、あるいは乾燥、そして大型化する台風などの異常気象に見舞われ、荒ぶる自然の前に、不測の事態に陥るケースが少なくない。現に昨年の台風ではこの地域で100棟にも及ぶハウスが倒壊したりなどの被害を被った。農業をビジネスとして展開するための計画栽培・計画出荷にとって最近の夏場の天気は大きな敵となっている。その中、冬場の農業を充実させることは1年を通して見ると、夏場の不測の事態による収益の不安定化を補うものとなり、農業経営に大きな力となる。

 この地での積雪は殆どないが、冬に一面雪に覆われる地域であっても農業はできる。雪が降る前に作付けを行い、冬場、雪をかき分けて野菜を収穫するという地域もある。糖度の高い野菜としてブランド化している所もあり、冬の農業には儲かる農業を実現するためのカードが潜んでいる。

 また「生育が安定するので計画的に仕事ができ、この時期は比較的時間に余裕があります」。農業は栽培・出荷を主なる業務とするが、これをビジネスとして展開するならば、関連する業務も多くある。営業・販売、研究・開発、人材育成、長期計画の作成、調査業務、各種企画、プロモーション、業務のシステム化、ICTの導入などなど。それらを進める絶好の機会でもある。冬の仕事が経営体の成長にとって大きな可能性となる。

 「一般の企業と同じような会社組織を持った生産法人になりたい」と傳造さん。その思いを実現するために年間を通した仕事をしっかりと行い、毎年、売り上げを伸ばし、雇用を確保。現在、役員が3人、社員が11名、調製作業などに携わるパートスタッフが23人、圃場に出て収穫などにあたるスタッフが19人の陣容になっている。さらに福利厚生の充実を図り、雇用の充実を狙う。「農業高校から2年連続で入社してもらい、この春には大卒の子が2人来てくれます」。世間一般でも労働力の確保が大きな問題となっている中である。農業そのものとそれをビジネス展開するファームの在り方に若者を引きつける大きな魅力があるようだ。人材の有効活用は農業のビジネス展開をさらに進める。「販売部門を設けてそれに専念してもらう人を配置しようと思っています」と傳造さん。営業を行い販路を拡大することになり、一般企業と同じように組織の力を使って収益の向上を目指す。また会社が大きくなれば、内部に目が届きにくくもなるが、後継者として秀美さんは「従業員を下から支え一つの輪になれるようにまとめていきたい」としている。それぞれが組織としてしっかり働き、連携して同じ方向を向くことで、持続して儲けることができる農業ビジネスとなる。

 作物を栽培し、ただ出荷するだけの多くの一般的な農家がここまで来るのは、その間に長い道程があるだろうが、まずは冬の農業から考えてみられては如何だろうか。そこを充実させることが夏の保険になり、付加価値を産み、雇用にも道を開く。農業を成長産業にするのなら冬に農業を止めてはならない




 

 

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