株式会社マーケティングジャーナル

ファーマーレポート

土地利用型農業の選択

在来種のそば栽培で地域活性化

取材先:滋賀県米原市伊吹農事組合法人ブレスファーム伊吹 代表理事 伊富貴 務

  1970年から本格化した減反も本年産の生産をもって廃止。2018年からは農業者の自由な判断による生産へと移行する。これにより米価が下落すると予想する向きもあり、米作農家の不安は大きい。しかし来年以降も引き続き生産量の目安を設定するとしている自治体は40道県あり、自主的な生産抑制は残りそうだ。また、減反に参加した者に支払われてきた米の直接支払い交付金7500円/10aが無くなり、原価割れに陥って米作から撤退する者も現れるだろう。あるいは有望な転作作物に本腰を入れようとする者も出てくる。米の生産量が想定を超えて減少すれば価格は上がるかもしれない。さてどうなるのか、先行きは未だ不透明だ。ただ、漠然と米を作っていて農業が成り立つ時代が過去のものとなることは間違いなさそうだ。資源の乏しい日本がこれまで維持し発展させてきた強力な生産資源である水田を如何に活用するのか。日本農業を活性化させるための大きな鍵となる。それは地域の活力、日本の活力にも繋がっていく。


 

 
▲美しい田園風景 ▲そばの実 ▲人気のそば

 

集落営農で省力・低コスト農業
 滋賀県米原市にある霊峰伊吹山、その麓には姉川が流れ、両岸には管理の行き届いた水田が広がる。訪れたのは4月。川辺には満開の桜。昔話にでも出てきそうな農村の景色。その地で水稲、麦、そばの土地利用型農業を展開し、地域農業を守るために奮闘しているのが農事組合法人ブレスファーム伊吹だ。古くからそばが作られてきた産地であり、「米づくりだけではこれからの農業はやっていけない」とそばの転作に力を入れている。代表理事の伊富貴務さん(67歳)に話を聞いた。
 ブレスファームは今から20年ほど前の平成7年に伊吹農業生産組合として設立された1集落1農場形式の集落営農組織。それまでは兼業の小さな農家がそれぞれで生産を行い、土地を守ってきたが、高齢化の進展と共に引退する農家の農地を管理する受け皿が必要になり、また、販売価格に見合わない高い生産コストをかけた米づくりになっていたこともあって「こんなことをしていてはいけない」という思いで結束し、集落営農が始まった。
 まずは農地を集約して効率的な農業を実践するために基盤整備を実施。7a圃場が30a圃場になり、1ha以上の区画も誕生。今では畦畔を除去し高低差を均すなどし、大きな所では1.5haにもなり、省力化と生産性の大幅なアップが図られている。また、充実した農業機械を装備。6台のトラクタを始め、6条コンバイン、普通型コンバイン、6条田植機2台、レーザーレベラー、乗用中間管理機等、個人では導入が難しかったであろう大型農機が揃い大きな力となっている。「大変楽になりました。生産コストも全然違います」。集落で共同して農業を行うことで、重複して行っていたことが一度で済み、色々な所で無駄が省かれていく。経営として成り立つ農業の構築が進められる。また近年の農業を取り巻く生産環境の変化に伴い、地域の担い手としてより頼れる存在になるため、平成28年に農事組合法人となり今の名称となった。
 「現在は、米の作付けが21ha、大麦が11ha、そばが11haとなっています。また余所の集落でも転作部分でそばを作らせてもらっています。経営面積は32ha」。この中で、米づくりではコシヒカリを栽培。慣行栽培に加え、それを上回る量で減農薬・減化学肥料の環境こだわり栽培の米を手掛け、付加価値の向上を図っている。また、生産の省力化、コスト低減のため、乾田直播と密苗の移植栽培に取り組んでいる。密苗は「昨年70aで試しに栽培し、慣行栽培と比較して変わりがなかったので、今年は5.7haに拡大します。苗箱は10a当たり8箱、育苗期間は2週間ほど」。乾田直播は「種もみを播種機で落とすだけで一番コストが安くなります」。しかし反収は5俵ほどで栽培に適した乾いた田んぼも限られている。全てをこちらに切り替えることは難しい。全体の平均反収は7.5俵ほど。「安全安心を基本に品質を高めたいと思っているのですが、特Aランクまでには至りません。米の収量も最近は良くないですね」。米価も低迷しており、米づくりで利益を上げることは、簡単な事ではない。
 その中、水田の有効活用として転作に力を入れてきた。麦作では大麦を栽培し、収穫後はカントリーで乾燥して農協に出荷する。「経費もかかりますので補助金を加えて何とかという状態です」。この麦跡に作られているのがそば。「連作するとうまくできない」ことからしっかり輪作体系に組み込んでの栽培を実施。また水はけの悪い所では出来が悪くなるため、排水対策が必要であり、加えて「肥料が多いと実が減る」ことから、麦作で余分な肥料分がなくなったところに作付けする体系となっている。元々は大豆に取り組んでいたが、「栽培がうまくいきませんでした」。しかし、そばは朝晩の寒暖差が大きい伊吹山の麓の気候風土に適していた。そしてこの地で栽培されるものは、普通の一般的なそばからは一歩抜きん出たブランド力を持っていた。

在来種伊吹そばで活性化
 伊吹山は古くから崇められてきた信仰の山。多くの修行僧が訪れ、伊吹山の中腹にあった大平寺などが伊吹山護国寺を形成し、8世紀頃、大陸の北方から朝鮮半島に伝わったそばを「修行僧たちが持ち帰ってきたと聞いています」。それを育てた産地が大平寺の集落にあったと古い絵図に記されている。このそばは井伊家彦根藩から江戸幕府に献上され、“伊吹そば天下にかくなれば・・・” と、天下に銘を知られるほど。そばはこの地より美濃や甲斐、越前に伝わり全国で栽培されるようになったとされている。また大平寺のすぐそばには、薬味として欠かせない辛味の強い伊吹大根の産地もあった。しかし時は流れ昭和に入り、昭和27年に伊吹山南西斜面に石灰岩などを採掘する鉱山が開山。大平寺の集落ではそれでも暮らしが続けられていたが、昭和38年頃には山林の仕事では食べていけなくなり、冬場は雪崩の危険もあるなどで、鉱山に土地を売っての集団移住となり、その地でのそば栽培の歴史が途絶えた。
 そのそばを復活させたものが、 現在転作に取り入れている“在来種伊吹そば”となる。「生産組合で取り組む前に有志で町おこしとしてそばに取り組み、大平寺の奥の甲津原で種を保存している人から種を分けて頂いて広めていきました」。組合として取り組み始めたのは平成13年から。やや小ぶりだが、一般に流通しているものに比べて「香りが良い」と食した人の評判も良く、今では有望な地域ブランドとして他の集落でも“在来種伊吹そば”の栽培が行われている 
 「播種は7月の終わりから8月にかけて行われ、約3ヶ月後の10月の終わりから11月の中頃までに収穫します」。稲作と期間が重なることもあり、省力化は大きなテーマ。基本的に中間管理は行わず、整地、播種、畦畔管理、収穫で作業時間は10a当たり6.29時間。省力低コストの栽培が行われている。収穫したものは、2軒のそば屋と4社の製粉所へ直接販売している。収益性は高くブレスファームの売り上げに大いに貢献している。地元伊吹の集落と周辺3集落で土地を借りて栽培を行い、約30haの規模となっている。また、更に付加価値をつけるため、乾麺を委託製造し、地元の道の駅などから販売している。
 課題は反収。「10a当たり2俵収穫できれば良い方です」。そばは1俵45㎏。100㎏に満たない収穫量となっているが、排水対策をしっかりやらなければ収量は更に落ちる。「長雨や台風の影響は大きく、種そばがとれないこともありました」。売上の不安定要素となっている。また、作業の手間がかからないことが特長だが、それでも畦畔管理に10a当たり3.5時間かかっており、夏場の作業のため、従事するものの体への負担は大きい。

目標は直営そば店の展開
 集落営農を20年以上続ける中、テーマは一貫して地域農業の持続。そのためには安定した経営が必要であり、収益を残すための様々な取り組みが行われてきた。大区画圃場の整備や省力化を実現する機械装備、低コスト栽培に貢献する新しい栽培方法の導入、そして“伊吹そば”の展開など。しかしそれでも払拭できないのは組織全体の高齢化だ。集落営農は農地の受け皿として、地域の高齢化に対応する機能を持っているが、組織自体にも次代を支える後継者の確保が必要になってきている。その中で従業員の雇用も行われているが「従業員をただ増やしていくだけでは集落営農の理念が薄れてしまいます」。若者が後継者として参加したいと思う大きな可能性と将来性を持つ魅力的な集落営農になる必要がある。そのための一歩が法人化であり、自立した経営が模索されている。
そして更なるもう一歩として検討されているのは直営そば店の運営だ。「地元にはそばを食べるという文化がなく、今は収穫した玄そばを売っているだけですが、この周辺で自分たちが収穫したそばを製麺し、食べてもらう場所を作りたいと思っています」。福井や長野にはそばを食べる文化があり、それに付随した価値の創造が利益を生み出す。まずは地域でそばを食べてもらうこと。その先に新たな食文化の定着があり、可能性を広げることになる。農業の6次産業化であり、収益の向上に貢献する。
 それがうまくいけば「地域の雇用にもつながる」。集落の女性の力を活かすことにもなる。評判になるようなものを出していくことができれば、離れた地域から食べに来てくれる人も増える。「冬場は奥伊吹スキー場に向かうスキー客がここを通りますので、立ち寄ってくれるかもしれません。また別の集落でもそばの店を出してもらって姉川沿いをそば街道にすれば集客力が増す」。交流人口の増加であり、それがまた新しい可能性を生み出すことになるかもしれない。その地域にだけある魅力的な原料を使い、地域の人々の手による、地域限定で提供されるそば。食べに行きたいと思えるそばではないだろうか。そう思う人の数が多ければ多いほど事業は有望であり、事業に参加したいと思ってもらえる可能性を高めることになる。それが地域農業の持続に繋がっていく。
 しかし事業を起こすということは大きなリスクを持つということだ。それとどう折り合っていくかが肝となる。集落営農は積極的にリスクを取って収益向上を目指していく企業とはやはり異なる。どちらかと言えばリスクを避けながら失敗のない運営が求められる。「うまくいって当たり前です」。失敗に対する寛容性はそれほど高くはない。投じた資金の回収は絶対であり、その上で利益が出せるのか。「慎重に5年、10年の計画を立ててやっていかなければなりません」。提供する商品は食べに来てもらえる価値が本当にあるのか、消費者の期待を裏切らない運営を継続して行っていくことができるのか、そばが不作の時に対応できるのか。踏み出す前に問うべきことは多そうだ。
 そば屋が繁盛すれば、地域活性化の大きな力になる。消費者と繋がるということは、時代の流れに取り残されないようにするためのライフラインでもある。地域農業の持続に貢献するに違いない。
 そばは魅力のある作物だ。低コストで手間も少なく作ることができる。輸入物が多い中では国産というだけで大きな価値がある。またそば文化というソフト的な面があり、心に働きかける展開もできる。そばを食べるということは日本を感じることにも繋がる。心に響く食べ物は流行り廃りを超えて息が長い。これからの土地利用型農業を示す一つの選択がそこにあった。


 

 

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