株式会社マーケティングジャーナル

 ファーマーレポート


女性の感性を活かした商品開発で世界を狙う
取材先:和歌山県有田川町 ㈱ふみこ農園 

  新元号“令和”の選定で一躍ブームとなった万葉集。7世紀後半から8世紀後半ころにかけて編まれた日本に現存する最古の和歌集で、天皇、貴族から、防人、農民など様々な身分の人間が詠んだ歌が、4500首以上も集められている。その中の“梅花の歌32首”の序文から“令和”が引用された。万葉の時代、花と言えばまず梅を指していたほど人々から愛され親しまれていたようで、万葉集の中でも桜の42首に対して梅を詠んだ歌は118首も詠まれている。梅の実の利用も平安時代には梅干しが書物に登場する。以来、我々日本人にとって最も慣れ親しんだ農産加工品の一つとなり、今日に至るまで梅干しのほか梅酒やジャムなど梅の実を加工した様々な食品が生まれてきた。生産者が自ら加工し販売する6次産業として営んでいる例も昔からあり、農産加工品としての可能性は大きい。この梅の実で新たなスイーツを開発し、世界に挑む取り組みを探った。



 

 
▲おしゃれば建物▲加工品が並ぶ店内▲梅グラッセ


きっかけは一通の手紙から

 和歌山県は本州最南端に位置し温暖な気候で果物の栽培が非常に盛んなため、果樹王国といわれている。その中でも梅の生産量は日本一で昨年度の収穫量は7万3200t、国内シェアの65%を誇っている。この地での梅栽培のはじまりは、江戸時代に紀州藩がやせ地は免租地とする政策をとったことによるもので、やせ地に梅の栽培が奨励され田辺、南部地方を中心に梅栽培が広がったとされる。紀伊國屋文左衛門が活躍した江戸中期には木材や木炭、みかんとともに梅干しも江戸の街へと送られていった。戦後、“古城”や“南高”といった優良品種が出現し、近年の健康食ブームによって梅干しが再評価されたり、食生活の多様化による梅の新たな加工品の開発が進められる等、梅の栽培面積の拡大が図られている。

 今回、和歌山県産の梅を素材にスイーツを開発し、高い評価を得ている有田川町の“㈱ふみこ農園”を訪れた。「最初はうどんがスタートなんですよ」と意外な経緯。にこやかに語る同社の代表取締役を務める成戸文子さんに、スイーツ開発等の取り組みについて伺った。

 成戸さんは元々この地で昭和25年から続く製麺業に携わっていたが、そこに子育て中の女性から「子どもが喜んで食べてくれるような、七色のうどんを作ってほしい。夢のある商品の開発を期待しています」と、書かれた手紙が届いた。この手紙に動かされた成戸さんは、食べても安心な地元の天然素材でうどんにきれない色を付けたいと考え、先ずはみかんに着目した。「みかんの果汁を麺に練り込み試作してみましたが、pH値が高くて腐食しやすく、すぐにカビが生えてしまいました」。これでは商品化は難しいと次に考えたのが梅だった。近隣の梅干しメーカーを訪ね、梅肉を分けてもらい麺に練り込もうとしたが、今度は梅肉のpH値が低く、腐食やカビの心配はないが小麦粉と馴染まず分離してしまい麺にならなかった。「周りからは、もう無理だから止めたらと、何回も言われましたよ」。それでもあきらめず、少しずつ配合を変えながら試行錯誤を繰り返し平成元年、2年の期間を掛けて爽やかな梅の香りがほのかに漂う、優しいピンク色の“梅うどん”の商品化にこぎつけた。「同じ子どもを持つ者として、手紙に書かれた想いにどうしても応えたかった」と、成戸さんは語った。

 梅うどんは評判を呼び、新しい市場を求めてギフトセットを企画。そのセットの中の具材として、梅干しを入れようと考え、平成5年には梅干しをはじめとする、梅加工品の製造販売を行う“ふみこ農園”を新たに設立。その後の梅加工品開発の足がかりとなった。


今までに無い新しいスイーツを

 梅うどんや梅干しの販売も軌道に乗り、次に考えたのが梅を使ったスイーツ“梅グラッセ”だった。梅のジャムやシロップなど梅を加工したものをスイーツの材料として使用している商品は今までにもあったが、形状を維持し糖衣を纏わせ艶を出したグラッセのようなものは無かった。「和歌山の南高梅の美味しさを、梅干しとしてだけではなく、もっと沢山の人に知ってもらいたいと思い、梅干しの様にそのままの形を活かした、今までに無い新しいスイーツ作りに取り組みました」。成戸さんの新たな商品開発が始まった。しかし、取引している農家で栽培されている梅は、梅干し用として収穫後、塩漬けされて出荷されている。「南高梅の素材の美味しさを活かしたスイーツを作るには、樹上で完熟した生梅が必要だと思い、梅農家さんから2000坪の梅畑を借りて、梅の生産から携わることになりました」。梅グラッセはこの梅畑で収穫された完熟梅が使われることになり、生産、加工、販売の6次産業となった。

 南高梅の素材の美味しさと形をそのまま活かすには、最初から濃度の高い砂糖に漬ける事はできない。果肉が分離してしまい梅自体が溶けてしまうからだ。時間を掛けて、pH値を調整しながら徐々に砂糖の濃度を上げていく必要がある。「毎日梅を漬け込んだタンクをチェックして、濃度や梅の状態を記録しました。それでもカビを発生させてしまい、1tタンクに漬けていた梅を全部ダメにした時は涙しか出てきませんでした」。このような失敗を乗り越えながら、納得のいく梅グラッセが完成したのは、試作を始めて3年後のことだった。

 梅グラッセは生産コストが高く、収穫から完成品にするまでに半年以上の時間がかかる。そのため商品として利益を残していくためには、それに見合う価格で取引できる販売ルートの開拓が必要になる。また、南高梅をそのまま使った、今までにないこだわりのスイーツとして評価を明確化するため、百貨店に営業を行った。「梅グラッセを試食していただいた大手百貨店の外商部のバイヤーさんがこの味を気に入って下さって、これなら海外の人にも気に入ってもらえると、クルーズ客船飛鳥Ⅱでの販売が決まりました」。実際に飛鳥Ⅱの船内で販売してみると、こんな梅のスイーツは初めてだと海外の人からも声が上がり、今では飛鳥Ⅱの定番スイーツになっている。


女性の感性を活かして

 「商品開発にあたり、今まで家庭料理をやってきた経験と感覚、それまで残してきたデータが大いに役立ちました。女性として、主婦としての今までの経験値と感性が商品開発に活かされました」。また、パッケージや商品デザインなどにも女性の感性を取り入れ、同性が目に留める事を意識した。

 外国人にも好評だった梅グラッセは商社を通して輸出も行い、マレーシア、シンガポール、インドネシア、香港、台湾など東南アジアを中心に広がりを見せている。また、昨年からは、米国への輸出も始まった。梅になじみの無い海外では、日本の伝統的な果物の新たなスイーツとして、新規性があり、大きな可能性を秘めている。今後のプロモーション活動に期待がかかる。

 成戸さんの周りには、県内各地の様々な生産農家から6次産業化を図るため、商品開発の相談が次々に寄せられている。6次産業化による地域活性化の大きな力なっているようだ。地元の特産品には世界に通用する価値が眠っているかもしれない。どう見極めるか、どう引き出すか。農産物と真摯に向き合う本気の6次産業がそこにある。



 

 

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