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 ファーマーレポート


瑞穂の国の志と誇り
お米日本一の挑戦で地域を豊かに                                                                  取材先:鳥取県日野郡江府町   

  今より先に行くためにはどこかで必ず決断しなければならない。机の上を見てつくづく、クローゼットを見て、パソコンのデスクトップを見て、来し方を振り返っても、そう思う。片付けなければと。混沌の中で迷い、目当てのものに行き着かない。そのためには何を残し、何をしまうのか。選ばなければならない。日本農業も同じこと。今その時期が来ている。農業の衰退を食い止め、そこからさらに成長産業にするとして様々な改革が進められている。整理整頓、取捨選択、何を残すべきなのか。しかし改革の果てにたどり着くのが、ただただ効率的に食糧を生産するだけの仕事になるのならそこに私たちが本当に残したかった農業の姿はあるのだろうか。瑞穂の国の未来に残すべきものは何なのか。中山間地にある里山の農業にその姿を探す。



 

 
▲美しい棚田が広がる▲日本一のお米を目指す▲奥大山の豊かな水源

 

豊かな自然を使った町づくり

 鳥取県西部、日野郡の江府町は約3000人の町。中国地方最高峰である、標高1729mの大山を臨み、奥大山と呼ばれる南麓に広がる里山の町だ。町名にある“江”は河川を表し、“府”は中心を表す。日野川と大山を源とする3本の支流が交わる場所にあって、良質な水に恵まれ、1000戸中700戸が農家であり、豊かな自然の中で、農業を主とした暮らしが営まれている。

 ただ、ご多分に漏れず、実情は他の地域と似たり寄ったり。農業を継ぐ後継者が少なく、高齢化が進展している。町全体の高齢化率も県内有数。山陰地方の拠点都市である米子が車で30分の距離にあり、兼業で勤める人も少なくなく、また子供の進学や就職、結婚を機に町を去る人間もいる。町内に高校も大きな病院もなく、買い物はコンビニ1軒、商店1軒。若者は少なく、冬場の積雪は山手で3mにもなる。40集落を維持しているが、1軒しか人の住んでいない集落もあり、消滅の危機を実際の問題として抱えている。その中で「3000人の楽しい町づくりを掲げています」と現状を教えてくれたのは、江府町役場農林産業課の末次義晃課長補佐(50歳)。同町でブランド米に取り組む奥大山プレミアム特別栽培米研究会の遠藤功会長(65歳)と共に二人から話を聞いた。

 全国を見て過疎化は今に始まった話ではなく、高度経済成長が都市部に労働力を吸収していく中で、農村部の人口が減少し、自治体の存続が危ぶまれるような所が出てきた。それに伴って市町村の合併も進み、江府町でも近隣市町との合併協議が進行したこともあった。しかし吸収され中心が移ってしまうような合併ではどちらにしても廃れていく事に変わりはない。そこで、独自の道を歩む選択をする。自分たちの力で生き残っていく道を探る。そこでまず検討すべきは、町に何があるか。どんな資源が使えるのか。そこで出てくるのはやはり豊かな自然を活かすという事になる。

 まず一つは良質な水資源の活用だ。「標高1000mぐらいの所に西日本一と言われているブナの天然林があり、一本につき7tの保水力があると言われています。山に降った雨や雪解け水がそのブナ林に抱えられ、その後大山の地層でろ過され、20年ほどかけて磨かれ、再び地表に出てきます。その間にミネラル分が程よく溶け込み非常に美味しい水になります」。サントリーでは全国各地で天然水の取水地を探していたが、50ヵ所あった候補地から、ここを3番目の天然水の工場として定めた。町内には他にもミネラルウォーターや製氷の会社が操業を行っており、地域雇用の場を提供。水を活かした町づくりが行われている。

 また奥大山の豊かな自然を映し出したサントリーのTVCMは、この地の魅力を広く世間に知らせることになり、観光バスでその地を訪れるツアーなども催されている。観光資源としての魅力も増している。

 この豊かな自然は主産業である農業への利用も当然進められている。標高700mには畑地があり、「かつては夏大根の産地として西日本一の規模を誇っていました。昭和60年代のピーク時には売り上げが3億半ばを超えるほど」。しかし連作障害の発生や労働負荷の高さから、栽培をやめる農家が増え、耕作放棄地となっていった。その中、農業の主体を個人から法人へと移すことで再生が図られた。今では他業種から農業に参入した企業が国内最大級の規模を持つブルーベリーの観光農園を運営し、またコンビニで売られているおでん用の大根を生産する町外の生産法人が畑地を借りて大根栽培を行っている。その他、かつて大根を作っていた生産者が白ネギなどを栽培している。

 企業や生産法人による農地の有効利用という事になるが、これだけでは、町の活力として少し心許ない。工場誘致もそうだが、町の人々による主体的な取り組みとは少し違う。豊かな自然に町の人が主体的に関わって活力を生み出していく取り組みでなければ持続的な発展には結びつかない。そこで取り組んだのが自然環境をより前面に押し出したもので、江府町を環境王国とする事だ。

 環境王国とは優れた自然環境と農業のバランスが保たれ、安心・安全な農産物の生産に適した地域を認定する、民間団体による制度で、江府町は平成21年に全国で6番目、西日本では初の認定自治体となった。「これでうちの米はブランド化ができ高く売れると思っていたのですが、そういうものではなく認定を受けたことは始まりに過ぎませんでした」。これが大きな契機になった。


お米日本一への挑戦

 「入ってみて分かったのですが、環境王国に認定されている他の自治体はしっかりとしたブランド米を持っていました」。江府町は、鳥取県内では良いお米の産地として知られ、以前から特別栽培米にも取り組み、地元の日野川源流米コンテストなどに出品し米づくりには大きな自信を持っていた。そこで自分たちもブランド米をと、環境王国に認定されたことをきっかけに、全国規模のコンテストに出品することになった。「ライバルは魚沼ぐらいだと思っていました。始まる前から勝った気でいて、優勝したらどうしようかと言っていました」。しかし結果はまるで歯が立たない状態。「世間知らずの井の中の蛙でした」。それからしばらくは、出しても、出しても同じような結果が続き、平成25年に「このままやっていても同じこと。新しい作り方を誰かに習おう」と、篤農家として知られる山形県の遠藤五一氏に教えを請うた。同時に奥大山プレミアム特別栽培米研究会を設立し、役場、生産者、JA(JAとっとり西部)が連携した本気のブランド米づくりが始まった。研究会の設立当初は、「今更ブランド化してどうなるものか」と、批判的な農家もいたが、研究会の会員も年々増え、メンバーも20代の若手から80代のベテランまで揃い、耕作面積も拡大。品質も徐々に向上していった。栽培品種はコシヒカリをメインにして始まったが、近年の夏場の高温化もあり、その対策から暑さに強い品種の“きぬむすめ”を一部導入した。「最初は仕方無くという感じでした」。しかし、それが大きな転機になり、昨年出品した“お米日本一コンテストinしずおか”で 思わぬ結果を巻き起こした。

 きぬむすめは“キヌヒカリ”と“祭り晴”を交配して生まれた品種で、作りやすく温暖地向きでコシヒカリ並の良食味を持つが、「業務向けという位置づけがされていて」、肥料をたくさんやって収量を上げる作り方が一般的だった。しかし江府町では作り方をよく分っていなかったこともあって、「コシヒカリのように窒素分を抑えてミネラル分で栄養不足を補うという作り方」をし、それが品種の秘められたポテンシャルを表に引き出すことになり、余所の産地にはない、きぬむすめを誕生させることになった。

 お米日本一コンテストではまず、食味評価機器による測定が行われ、そこをパスしたものが専門家によるトーナメント方式の食味審査で徐々に絞られていく。鳥取県は、全国的には米所というイメージが無く江府町は無名の存在。しかも品種はきぬむすめ。トーナメントに残ったものの、会場内で期待する声は無かった。しかしいざ始まってみると、各地の有名な米づくり名人が出品した銘柄を次々に打ち破って勝ち上がっていく。その様に会場内がざわつき始める。「次は勝てないだろうという予想を裏切って、どこからか、また勝った・・・との声が漏れてきました」。出品した1点はベスト30、そしてもう1品が最高金賞のベスト6を獲得。研究会の歩みが大きく花開いた瞬間となった。ベスト30に入った生産者は、研究会最年少の20代。取り組みの継続性からも大きな意義を残した。日本一の米産地へ。大きな一歩となった。

 ただ、お米のブランド化はこれで完成するわけでは無い。生産者と共に、研究会の運営、広報を担当する役場、流通、販売を担当するJAが連携しながら、生み出した価値の認知を広め、流通させ、その価値に見合った価格で販売し再生産可能な農業を実現していかなければならない。そのための生産者以外の役割は決して軽くない。しかも近年は、各地で高価格帯を狙った新しいお米が誕生し、「ブランド米の過当競争が起きています」。少しでも気を抜くと置いていかれるような状態だ。如何に商品を売っていくのか、プロデュースする力も求められる。高い商品力を持つものを高価格帯で売っていくには、さらなる高付加価値化も必要かもしれない。商品の背後にあるストーリー、誰が、どんなところで、どんな方法で作っているのか、情報もまた大きな価値になる。江府町では栽培地をドローンで空撮し、動画をインターネットにアップしている。視聴回数も多くプロモーションの一つの方法となっている。消費者に高い期待を抱いてもらい、それに応え続けていくこと。その積み重ねが競争に勝てる強いブランドを形成していく。


農業を通じて町の営みに参加

 「お米づくりが傾いてくると、地域コミュニティーも段々と廃れていきます。お米を守ることが地域を守ることです」。それが基本のスタンス。ブランド米の取り組みは、単に経済的なメリットを追うというだけのものではなく、研究会のメンバーが各自の集落でリーダーシップを発揮する事を通じて、地域農業の活性化に繋がっていく。

 各地、農業者の高齢化が進展することで、如何に担い手を確保するかが大きな課題となり、大規模農家の育成や公社、集落営農の設立などが図られる。しかし、地域の農業生産を維持することと、地域住民の活力を維持することは全くの別物だ。遠藤会長は「高齢化のため人に頼んでやってもらっている人もいますが、内心はやっぱり、自分の手で育てて自分で収穫したいというのが本心ではないでしょうか。私は農業を楽しいと思っています。人に作ってもらうのでは無く自分で米作りをする。そういう地域の農業ができればなと思っています」と言う。決して簡単なことでは無いがそれを実現しようとすることが大切だ。

 研究会のメンバーが一意専心お米づくりに取り組む姿は、集落の人々にとって、大きな刺激となる。収益を上げ、楽しんでいる姿は、それを見た者に自分も頑張ろうと思ってもらう契機となり、農業の持続に繋がる。現に、コンテストでベスト30に入った20代の若手農家は、研究会の活動を見て刺激を受け、「是非自分も入って日本一のお米が作りたい」と言って参加した一人。また80代の会員は新品種となるきぬむすめの導入にあたって「これは良い米だけん、わしと一緒に作らいや。わしが教えちゃるけん」と周囲の農家に働きかけ、仲間を増やしている。

 それが地域の活性化に繋がる。大規模農業によって、少人数で大面積の経営が行えれば、生産コストを低減し、利益の確保に繋がり、儲かる農業ということになるが、それは地域の人々が農業から遠ざかるということでもある。それでは農業で結びついた地域コミュニティーが失われ、結局は地域活力が減退していくのではないだろうか。規模拡大が容易くない中山間地においてはなおのこと、自分たちで農業を続けるための方策を諦めずに探るべきだ。農業を続けることは、自分の住む地域の営みに参加することでもある。それはそこで生きることの確かな実感に繋がる。地域の人たちから農業を切り離すべきではない。

 江府町には無いものが沢山ある。ショッピングモールもアトラクション施設も噂のスイーツ店も無い。しかし、ここにしか無い、何ものにも代え難い価値がしっかりと存在する。良質な水、美味しい食べ物、親密な人間関係、豊かな自然、日本一を目指す米づくり。生きる上で必要な、食べること、住むこと、働くことの基本的な部分が豊かだともいえる。それは喜びや健康、平安をもたらす。都会ではお金を出して買わなければならないものも多い。また江尾十七夜と呼ばれる500年続くお祭りもある。8月17日に行われる盆踊りで、その日は1万5000人もの見物客で賑わう。それらの価値は何か別のもので代替できるまがい物ではない。しっかりとした実感を伴うそこにしかない本物だ。それを甘受できるのは上質な暮らしだと言えるのではないだろうか。

 「顔を上げるとそこに大山があります。毎日見ているのに、気持ちが良くなり、元気がもらえます」。そう語る遠藤さんの表情にはここで暮らす喜びが感じられた。奥大山にある農業はそういうものを守る農業に違いない。大山の麓にある瑞穂の町の日本一を目指す志もそこに繋がる。今後の課題は他の環境王国との連携、こだわりのおにぎり開発などの6次産業化、奥大山ブランドのメジャー化など。それらを通じて持続性のある町づくりが図られる。たどり着く所が、町に住む一人ひとりが充実した暮らしを実感でき、住むことに誇りが持てる場所であることを願う




 

 

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