株式会社マーケティングジャーナル

 ファーマーレポート


農業で働く人を集める、育てる 2「農業が個性を才能に変える」
取材先:三重県名張市 株式会社アグリー  

  人手不足が様々な分野で問題となり、特に農業分野において人材確保は深刻だ。一方、福祉分野においては、障がいを持つ人の働く機会が求められている。このような状況において、農業と福祉それぞれが抱える問題の解決策の一つとして、「農福連携」の取り組みがある。農業には、多様な働き手を受け入れる余地があり、女性、高齢者、障がいを者など、様々な人がそれぞれの役割を持って働くことができる。それが多様性に富んだ地域コミュニティにも繋がる。また、新しい事業が生まれる可能性も秘めている。しかし、受け入れる側の障がい者に対する理解や、労働環境の整理も必要となってくる。そして、これからさらにに求められるのは「農」と「福祉」をいかにマッチングするか、「農福連携」をコーディネートする人と人を繋ぐ仕組みだ。今回、三重県名張市で「農業×福祉×地域資源の活用」をテーマに掲げ「農福連携」をコーディネートする農業経営者を訪ねた。



 

 
▲農園事務所▲安全・安心な野菜を生産▲水耕栽培が行われるハウス


農業経営から福祉事業まで

 三重県名張市は、伊賀盆地南部に位置し、日本の滝百選にして平成の名水百選にも選ばれる赤目四十八滝、初夏の新緑、晩秋の紅葉が美しい香落渓など、自然豊かな景勝地に恵まれている。この地で農福連携に取り組む井上早織さんが代表取締役を務める㈱アグリーを訪ねた。同社は5952㎡の農地で水耕栽培による小松菜、水菜、リーフレタス、ベビーリーフ等の葉物野菜を生産している。地域のブランド野菜として、地元スーパーをはじめ飲食店等、幅広い販路を持っている。また、名張市や津市の学校給食で使用される小松菜は同社が供給。小分けにパッケージしたり、調理しやすいように大きく育てて納品するなど各取引先のニーズを取り入れ、信頼関係を築き上げてきた。

 井上さんは、食の安全・安心に関心があり、自ら農業に携わりたいと考え、大阪から夫婦で名張市に移住した。平成23年に同社を設立し、水耕栽培による野菜作りをはじめた。そして、ある時、障がいを持った子どもの母親が話す、自分達がいなくなった後の、先の見えない不安を聞き、女性として、母親として思うところがあって、農福連携で農業を就労訓練の場として提供することを決めた。そこで、平成25年に特定非営利活動法人あぐりの杜を設立し、一般企業への就職が困難な障がいのある人に就労機会を提供するとともに、生産活動を通じて、その知識と能力の向上に必要な訓練などの福祉サービスの提供を目的とした、就労継続支援B型事業所を開設。先の見えない不安が少しでも解決できないかと農福連携のチャレンジをはじめた。

 「障がいのある人がすぐに労働力となるわけではありません。農業、福祉ともにうまくいけば理想ですが、実はなかなか軌道に乗りにくい」と、井上さんは話す。同社では、減農薬や安定供給、エグ味が少なく柔らかで食べやすい野菜作りに取り組むなど、先ずは農業経営をしっかり行うことを基本としている。それが農福連携を持続する要との考えで、福祉事業から切り離している。

 同NPO法人を利用する障がい者は24名。そこから1日最大14名までが同社農園で、播種、定植、収穫、根切り、袋詰め等の農作業を行っている。「障がい者の個性に合わせるため、仕事を細分化しています。それぞれできること、できないことがあり、最初からできないことをできるようにすることに焦点を当てるのではなく、それは苦痛になりますので、何が得意なのかに焦点を当てます」。細分化された仕事の中で得意なことを先ずやってみて、自分もできると自信を付けることが、「もっとやってみたい」という気持ちに繋がり、それが、少しずつ、時間をかけて、できる仕事の幅を広げることになるようだ。そのためには画一的な仕事の振り方ではうまくいかない。「障がい者とも、従業員とも一人一人としっかり向き合うことが大切です。こちらが計画を立てて仕事を当てはめていくのではなく、自発的に取り組んでいけるようにしていくのがこれからの課題です」。

 また、障がい者と一緒に働くことが、今の会社を成長させたと話す。「障がいがあってもできる作業、働ける環境は、誰にとってもやりやすく、心地よい環境です。その目線が経営として大きい」。例えば、冬の農作業は寒い、農作業場のトイレは狭い、使いにくいなどの当たり前が「障がい者と働くことで180度変わりました。これは、当たり前でなく変えていかなければならないこと。それを変えていかなければ今の事業の継続はありません。それに気づかせていただいた」。

 同社では、従業員の声に耳を傾けクラウドファンディングを利用して、農園に障がい者でも使用し易いトイレを建設した。清潔で十分なスペースが確保されている。当たり前や、仕方がないではなく、変えていかなければいけないことは、変えていく。井上さんの経営に対する姿勢が見える。


従業員の意識向上で持続可能な会社を目指す

 同社の従業員はグループ合わせて24名(パート職員・外部スタッフ含む)で、約1億円の売上規模に成長してきた。井上さんは、事業規模拡大よりも今後は従業員の意識向上に努めていきたいと考えている。従業員の自主性を高めるため、いかに人が育つシステムや環境を整えていくかがキーとなっている。そこで、給料アップ大作戦と銘打った評価制度を構築した。

 同社の評価制度は、従業員自身が自己評価を行う。それは、自分の良いところをフォーカスして仕事をしてほしい、自分の得意な強みを見つけてほしい、自身の評価と自身の価値をもっと上げて欲しいとの、井上さんの想いが託されている。評価制度を導入することで、会社と従業員個々が目標を作り、会社と個人の目標が達成できれば年1回の昇給に反映させていく。「ここで必要なのが、できる限り透明に経営を見せていくこと、そして評価を見える化していくことです。そのためにもコミュニケーションが大切。一人一人との信頼関係ができれば、組織と個々の信頼関係は間違いないものになります」。

 また、地域資源を活用し、古民家再生による福利厚生施設の計画など、いかに従業員を驚かすことができるか。スタッフファーストにも目を向けている。井上さんは昨年就業規則も見直した。また、事業計画を組み立てる段階で従業員と意見を交換し、一緒に考えることで会社の方向性を共有していきたい考えだ。“人材”でなく“人財”と今まで造り上げてきた農業経営、地域との繋がりすべてをベースにして、10年先も持続可能な会社を構築していくことを経営者の責務としている。


個性を才能に変えて一人一人の幸せをサポート

 井上さんは、農福連携について、「就職することがゴールではありません。親以外の人と関係を築いて生きていけるかどうかが大切です。外に出て、地域と交わる。仕事場に来れば自分の存在価値が認められる居場所がある。その居場所を自ら作ることが何より大切」とし、「農業を通して“個性”を“才能”に変えて、一人一人の幸せをサポーしていきたいと」と話した。

 障がいのある人と一般健常者の従業員が共に働ける労働環境は、お互いの違いを尊重する職場だと感じた。その違いを隠そうとしたり、無くそうとするのでは無く、個性とし才能とする。みんな違って当たり前なのだから、それがストレスにならず可能性に変わるのなら、大きな魅力だ。農業に福祉を取り入れる意義がそこにある。




 

 

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