株式会社マーケティングジャーナル

 ファーマーレポート


農業の働き方改革を考える「ストレスを減らし働く時間の質を上げる」
取材先:千葉県館山市 ㈱須藤牧場  

  働くということは、それによって生きる糧を得て、命を永らえ、社会の維持に関わり、人間らしい暮らしを営むための手段である。そう思えば、決して働くことで一方的に不健康になっていくものであってはならない。しかし現実はそうもいかない。働くことで体を壊し、精神を病み、あるいは追い詰められ、苦悩の中で命を絶つというような不幸な出来事が後を絶たない。それらの状況が昨今の働き方改革を後押しする。長時間労働、ブラック企業、非正規雇用者の不合理な待遇、各種ハラスメント、子育てや病気治療との両立、外国人労働者の受け入れなどなど、景気拡大が続き、雇用環境が改善する中で、労働環境は問題山積だ。では農業の働く環境はどうなのだろうか。その働き方改革を考える。



 

 
▲フリーストールの牛▲アイスカフェCowBoy▲高品質のミルクとミルキーソフト

 

12時間あっても間に合わない仕事

 日本農業において、何故後継者が不足するのか。その答えは“儲からない”ということにほぼ収束することができる。もう少し言い添えれば投下する時間と手間・労力に応じた収益が得られないということ。費やした労働に対する見返りが充分ではない。農業は基本的に体力を使う肉体労働である。それに加えて野外を主な活動領域とすることで、暑い、寒い、雨、風、汚れ、好ましくない臭い、と肉体への負荷が大きい。また、農繁期には朝早くから夜遅くまで働き、一方で農閑期には仕事がない。さらに農薬の被ばくや農機による事故もある。それだけではなく、先が読めない天候への苛立ち、不安定な市場価格、突然見舞われる病虫害、気象災害など精神的に不安定となることも多い。今に始まった事ではなく、それが長年続いてきたわけだが、今更ながら農業こそ働き方改革が必要であると感じる。ちなみに農業には、労働基準法の適用を除外されている項目があり、労働時間の限度はなく、休憩や休日の定めもない。また、深夜労働を除く残業代の割増はなく、18歳未満15歳以上の年少者を深夜労働に就かせることも可能だ。農業を持続的産業にするためには、労働環境の改善から目を背けてはならない。

 その命題を果たすためにこれまで農機、設備、システムが果たしてきた役割は非常に大きいが、まだまだ改善の余地はある。しかし一方で、経済的な理由も含め生産性の向上には限度があるという諦めもある。農業とはもともとそういう仕事なのだからと。果たしてそうなのか。千葉県館山市に酪農家を訪ねた。その取り組みに働き方改革のヒントを探る。

 「こちらに嫁いで来てからしばらくは、今の牛の頭数の半数でしたが、朝の6時から昼の11時ぐらいまで働き、夕方は3時半ぐらいから夜中の11時まで働いていた。それが365日。昼にも餌やりがあり、12時間あっても間に合わない重労働でした」と㈱須藤牧場の須藤陽子さん(54歳)。代表の裕紀さん(53歳)の妻で専務を務める。「もしそれがずっと続いていたら、毎日牛舎で汚くなって、疲れて、そんな風に働いていたら、今私はここに居なかったかもしれません。途中で嫌になって出て行っちゃったかもしれません」。しかし今はその当時と比べて倍以上の頭数を飼養し、牧場体験を受け入れる酪農教育ファームの活動、販売施設の運営、乳製品の製造、牧場が主宰する『劇団 須藤兄弟』の公演、ファーマーズデイの開催など、多岐にわたる仕事を展開している。牧場の仕事に携わり始めた頃と今を比べて仕事が減ったのか増えたのか、その量の加減は定かではないが、インタビューに応じる明るい笑顔に、労働の質が明らかに変わってきているのだと感じる。

 須藤牧場がある千葉県南房総地区は、8代将軍徳川吉宗公が同地の嶺岡と呼ばれる丘陵地帯で白牛を飼育する牧場経営に乗り出し乳製品を作ったことから、酪農の発祥地と言われる。早くから酪農が盛んな地域で、多くの酪農家が経営を行ってきたが、高齢化も進み生産者の数は年々減少している。その中で須藤牧場は昭和初期から牛を飼い始め、現在代表の裕紀さんで3代目。ホルスタイン種、ジャージー種合わせて乳牛130頭を飼養し、経産牛は70頭、年間出荷乳量は65万㎏となっている。また1万坪の放牧地と飼料畑も経営している。平成26年に法人化し、労働力は裕紀さん、陽子さんと長女の由紀乃さん、次男の健太さんの4名の役員に加えて、正社員3名、パート8名の陣容。

 特徴は、まず自給飼料の生産と未利用資源の活用。トウモロコシとソルガムを5.3haの規模で、年2回作付けし、また「近くの農家さんから収集した稲わらと館山市内の豆腐屋さんから毎日無料でいただいてくるおから(豆腐粕)をエコフィードとして他の餌と混ぜて食べさせています。低脂肪高蛋白で良質の餌になります」。牛乳収入に占める購入飼料の割合を示す乳飼比の低減につながり、生産コスト低減に役立っている。また放牧場には育成牛が放たれ、「朝、ゲートを開けると自分で出て行って、運動をし、夕方再びゲートを開けると自分で帰ってきます」。糞尿処理も省け効率的な育成が行われている。もう一つの大きな特徴はフリーストール牛舎の導入。それまで1頭ずつ世話をしなければならなかったつなぎ飼いを行っていた須藤牧場の経営にとって、それが大きな転機となった。


作業動線を考えた牧場作りが大きな変化をもたらす

 フリーストール牛舎は牛をつながずに、自由に歩き回れるスペースを持った牛舎の形態のことで、アブレスト式ウォークスルータイプのパーラーを組み合わせて効率的な飼養を行っている。「こちらが搾乳の用意を始めると牛の方が、牛乳を搾るところに自ら歩いてきて、搾乳を受け、牛乳を搾り終わったら自分で歩いて出て行きます。そして給与された餌の所に行ってくれます」。また、働く人の動線を短くするように考えられ、牛の動線も分りやすくし、効率的に仕事ができるようになっている。裕紀さんはアメリカで牧場経営を学んだ経験があり、“合理化できるところは合理化していく”という考え方を学んできた。それが活かされている牛舎となっている。また、牛床に山砂を利用して菌の繁殖を防いでいる。「つなぎ飼いの時は乳房炎などがありました。牛にストレスがあったのだと思います。でもフリーストール牛舎にしてからはおっぱいも汚れず、病気がほとんどなくなりました」。また、餌やりは粗飼料とおからなどを加えた濃厚飼料を混ぜ合わせる自走式のコンプリートフィーダーが給与し、大幅な労力削減を実現している。

 フリーストール牛舎にしてから、「牛のストレスを減らし健康が守れ、牛乳の質が上がって、仕事の量が減りました。赤ちゃんを産む回数も順調」。須藤牧場の牛乳は、無脂乳固形分8.97%、乳脂肪分4.11%で年間乳質成績が99.5点以上となる、高い品質を保持。健康であることが美味しい牛乳生産につながっている。また、「牛の頭数は倍に増えたのですが、仕事の量は半分以下です。この牛舎の仕事に必要な人員を計算すると8時間労働で2.3人。農場部門には今6人のスタッフがいますのでシフトで回してお休みも取れます」。須藤牧場にとってここが大きな分岐点となった。

 酪農に限らず他の農業においても、革新的な機械や設備を導入することで、生産性向上を図り、労力と時間の削減を実現する例は多くある。近年はICTの利用やロボット化技術により、生産性の大幅な向上が期待されている。そして生産者はそれらによって二つのものを手にすることができる。それは須藤牧場も同様で、“時間と負債”がもたらされる。それらは表裏一体で、生まれた時間を投資に見合うものにしなければならない。


効率化で得た時間を活用する

 生まれた時間を活用すること。そこから様々な変化が始まる。「フリーストール牛舎にすると構造上、道路側に牛がずらりと顔を出すことになりました。そうすると牛を見せてくださいと人が集まり、次は牛乳が飲みたい、乳搾りがやりたいと、要望が出てきて、それに応えているうちに見学スペースを設け、牛乳を使ったアイスなどを作り、来てくれる人がどんどん増えていきました」。これが発展して、牧場体験を提供する酪農教育ファームへとつながった。「気軽に立ち寄れる牧場作りというのを私がお嫁に来てからずっと思っていたので、積極的に受け入れていきました」。体験工房ミルクキッチンを開設し、その中でバターやピザを作り、乳搾り体験や子牛のシャンプー体験、羊毛クラフト作りなどを実施。生み出した時間が体験や交流に使われていった。

 またその時間は3人の子供を育てることにも使われていった。子供たちは、母親がただ牛舎で立ち働いているのを見ていただけではなく、牧場体験での人との交流を通して酪農の思いを伝える姿や牧場を題材にした絵本を描く姿を見て育ち、長女と次男が就農することになった。「生き生きとして働いていたのかもしれないし、楽しそうにやっていたのかもしれません」。 

 長女の由紀乃さんは「“牧場で搾った牛乳を使ってお店をやりたい”という夢を持っていました」。高校で調理師免許を取得し、平成22年に須藤牧場内の敷地に開店した加工販売施設アイスカフェCowBoyの店長に就任。これが本格的な6次産業の始まりとなった。平成25年には次男の健太さんが就農。それを契機に翌年、須藤牧場を法人化し、事業を持続していく体制を整えた。平成28年には正社員を初採用。健太さんより年上でコンピューターのスキルを持ち異業種からの就農で、異なる経験が須藤牧場の新たな力となる。そして昨年はイオンタウン館山のフードコート内に飲食施設の須藤牧場をオープンし、正社員とパートの人員も補強した。また体験メニューでは平成26年より『劇団 須藤兄弟』を長男の高伸さんと健太さんが立ち上げ、酪農劇団による牧場劇と牧場案内をセットにし、劇中にバター作りなどもする体験を実施している。さらに昨年11月からはファーマーズデイというイベントも開催。従来はメニューを用意して来場を待つというスタイルだったが、日時を決めて参加者を募るという新しい方法を採用した。「来場者には牧場の作業服であるつなぎの服に着替えてもらって、牧場の人の気分と乳搾りや子牛の哺乳などの仕事を体験してもらい、農場同士のつながりで入手したお肉や野菜を提供します」。このイベントはスタッフみんなで考えたもので、「“須藤牧場は自分たちが支えていく、良くしていく”という、上を向いた気持ちで事業に参加してもらっている」。家族だけで牛の世話に追われて1日が終わっていた経営から比べると、その形はなんと変わったことだろう。法人化を経て、今では経営理念に“社員が幸せに働ける会社を目指す”と掲げるまでになっている。


ストレスを軽減していくことが鍵

 フリーストール牛舎を導入してから、今迄の間に、働き方は大きく変化していった。「牧場体験を始めることができたのもフリーストールに変えて少し時間ができたから。その前まではそんな余裕はありませんでした」。新しい機械、設備、そしてそれを土台にした効率的な動線の構築など、作業の合理化を進めたことが時間を生み出し、可能性を開いていくことにつながった。それは働く人にだけではなく牛にも大きな変化をもたらした。牛の労働を“搾乳される”こととするのなら、昔と今ではその働き方は異なっている。つなぎ飼いから解放されることで、自らが動いて搾乳され餌を食べに行かなければならなくなったが、ストレスが格段に減り、乳質がアップし、病気が減少した。作業量は増えたかもしれないが働き方改革が健康をもたらしている。牧場にとっては収益のアップにつながる。

 牛から働き方を学ぶみたいだが、ストレスの軽減は働き方改革全てに通ずるのではないだろうか。労働の負担を減らすということはストレスを減らすということだ。そのためには、まず時間のかかる仕事、肉体的に辛い仕事などをできるだけ機械やシステムに代替させることから始めるが、それで終わりというのではなく、その後に代替できずに残った仕事と代替によって余った時間をどうするかまで考えなければならない。働き方改革はそこまで考慮しなければ充分なものではなく、単純に時間を短くするということだけではない。

 それでは余った時間をどうするのか。その時間で従来と同じ事業のボリュームを増やすということもできる。しかしそれではストレス軽減にはつながらない。かと言って余った時間で遊んでしまえば収入は増えない。時間を生み出すために投資した資金を回収しなければならないというミッションがあり、それをクリアする取り組みを探っていかなければならない。

 須藤牧場では牧場体験や6次産業へと発展の道を延ばし、事業の多角化に成功したが、その部分の労働負担も考えなければならない。これが更なるストレスになっていれば元の木阿弥。機械や雇用で代替できない部分のストレスについては、仕事に対する視点を量から質に移すことで、その強さを変えていくことができる。例えば強いられてする仕事は辛いが自ら望んでする仕事は楽しさもある。その比率を如何に増やすかで仕事のストレスも変わってくる。陽子さんの場合、体験などで人が集まってくることは、牧場の仕事を始めた当初からやりたいと思っていたことであり、人との交流は、楽しさを得ることでもある。全体の仕事量は変わらないかもしれないが、質を変えることで総体としてのストレスは減っていく。

 農業の場合、天候や生き物を相手にする分、こちらの都合通りにはいかず、生産性の向上はおのずと限界がある。その中で労働負担を減らすということは時間だけではなく、ストレスを減らしていくのだという観点が不可欠だと思えた。不本意な作業に縛られることなく、楽しさや喜びを見いだして働けるようにすることが、農業の働き方改革を進める道ではないだろうか。須藤牧場が昨年イオンに出店したお店について、「今はすごく大変だけど、これをどうクリアしていくのか。ワクワクしながら、逆風を楽しんでいます」と陽子さん。その表情に働くことの喜びが見えた。




 

 

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