株式会社マーケティングジャーナル

ファーマーレポート

女性の視線が農業を変えていく

取材先:愛知県碧南市 鈴盛農園

2016年9月号掲載 

 

  男と女は違う。物の見方、考え方、感じ方、対人関係のあり方。楽しみ方にしても、例えばお洒落をして買い物に出かけ、友達とおしゃべりを楽しむ。お酒を飲みながらスポーツなどの勝負事に熱くなる。女性は日常を楽しみ、男性は日常を離れようとする。優劣を付けるようなものではないけれど、そうやって互いに年を重ねた末に、平均寿命は女性の方が勝っている訳で、生物学的には女性が勝者と言えるのかもしれない。過去、男性中心で営んできた日本農業が行詰まっている。それを打開するためには中心メンバーを変えてみるのも一つだ。女性の存在が大きな鍵となる。今、農業女子に大きな注目が集まる中、彼女達の視線の先に農業の明日を探る。

 

 
▲鈴盛農園 ▲直売所の商品棚 ▲女性農場長の鈴木薫さん

 

“これからの農業”を実践

 “農業で活躍する女性の姿を様々な切り口から情報発信し、社会全体での女性農業者の存在感を高め、併せて職業としての農業を選択する若手女性の増加を図る”としているのが、農林水産省主導の農業女子プロジェクト。これに参加しているのが鈴木薫(30歳)さんだ。夫の啓之(32歳)さんが代表の鈴盛農園で農場長を務めている。互いが役割を果たし、相手の影響を受けながら成長を重ねていく。啓之さんが見つめる農業の明日、薫さんが感じる農業の豊かさ。それらが交わって織りなす形に、農業のこれからの姿が見える。

 鈴盛農園があるのは愛知県の碧南市。「農業が盛んな場所でニンジンの指定産地。後継者のいる農家も多く、160戸ぐらいが農業を行っています」と、地域の概要や農園の取り組みについては、啓之さんが教えてくれた。

 現在は2.1haの農地で露地野菜を少量多品目で年間約30品目栽培。メインとなるのはニンジン、タマネギ、ジャガイモ、サツマイモ、里芋で、有機質肥料を使い、無農薬に近い減農薬栽培を実践している。販売ルートは「5割ぐらいが道の駅などの産直施設で、今は県外のものも合わせて20店舗ぐらいに卸しています。残りは仲卸、インターネット通販、農園倉庫で行う“ハタケマルシェ”などの直売。その他、東京などのレストランにも販売しています」。生み出される野菜はどれもこれも個性豊かで、祖母のりりさんの名前にちなんだ“スウィートキャロットリリィ”、オレンジ・赤・黄・紫・白・黒・ベージュの7色を持つ“しあわせのカラフルにんじん”、玉葱ステーキに合う“素敵(ステ〜キ)なたまねぎ”、有機質肥料をたっぷり与えた“贅沢ポテト”、百年前から受け継がれた種芋で育てた“百年里芋”など。高い品質と共に、農産物に物語があり、他の何かでは代替できない付加価値でブランド化を展開している。その農産物の品質向上において、大きな効果を発揮しているのが鈴盛農園独自の“塩農法”。「実が大きくなる時期に、塩水を畑に散布することで、農産物の糖度を上げています」。フルーツトマトなどは塩化ナトリウムを入れて糖度を上げる取り組みも行われており、「農産物のブランド化を図る上で、甘くて食べやすいニンジンを作ろうと思い、色々調べていて塩の力に行き当たりました」。碧南市の南東にある三河湾で幻の塩と呼ばれる“饗場塩(あいばじお)”を作る鹹水(かんすい)を真水で薄め、海のミネラルと共に海藻エキスなども加えて散布し、他にない農産物を生み出している。この取り組みは平成22年度の愛知青年農業者大会において発表され最優秀愛知県知事賞も受賞するなど、農案物に付加価値を付ける方法として高い評価を受けている。

 そんな農業を実践している鈴盛農園は平成24年4月に設立。自動車関係のサービス業で働いていた啓之さんが25歳で新規就農を決意し、愛知県の農業大学校、地元の生産法人を経て、祖母が持っていた20aほどの農地を引き継ぎ、28歳の時に独立就農を果たした。農業に携わりはじめて今年で8年目。“日本の農業をカッコよく”をテーマとして、現在は生産の他、農産物の加工事業や、加工プロデュース、イベント出店なども行い、それに加え啓之さんは全国農業青年クラブ連絡協議会の第61代目会長を務め、安倍首相との官民対話や小泉自民党農林部長が主導する会議に参加するなど、わずかな年月で“これからの農業”の形を示す大きな存在感を発揮している。


子育てと農業を両立する女性農場長の仕事

 その啓之さんの行動に引っ張られる形で農業の世界に足を踏み入れたのが妻の薫さん。「最初は、農業をしたいと思っていませんでした」。元々ペットショップでトリマーの仕事に携わり、結婚、出産で仕事をやめていたが「復帰する可能性もありました。それが、思ってもみない方向に進むことになりました」。ニンジン作りの手伝いを始め、啓之さんの独立就農2年目、2人目の子供が1歳の頃、本格的に農業を始めることになった。「最初の1年目は分からないことばかりで、とにかく厳しくて、叱られながら、毎日泣いていた感じです」。笑顔で当時の様子を教えてくれたが、言葉の運びに、ニュアンスにその時の苦労が伺えた。楽しみや遊びのためにやるわけではなく、これで食べていく、そしてもっと先を目指していく。まだ何者でもなかった現状と思いの間にあったギャップを超える苦労だったに違いない。ただ「夫が向かう先を常に示していました」。それは歩みが止められないと言うことだが、涙には意味がありそれが報われる場所があるということでもある。啓之さんが思い描いていた農業が少しずつ形になる中で、日々を乗り越え、実力を蓄え、農場長の役割をしっかり担えるようになっていった。「今は農業が面白い」とスタッフやパートも抱え、積極的に営農に取り組んでいる。

 農場長の仕事は多岐に亘る。啓之さんは農業に関連した会合やイベントなどで農園にいないことも多く、その時は「全てお願いしていますので、生産現場では欠かせない存在です」と啓之さんの信頼は厚い。圃場の見回り、スタッフの作業指示、直売所の管理運営、作物の管理作業、収穫などなど。「作付けの計画も考えます」。薫さんの思いが農園に広がる。

 中でも楽しい仕事は「畑の見回りです。畑毎に様子が違い、その変化、作物の生長を見るのがすごく楽しい」。常に変化して止まない自然を相手にする仕事の喜びと言えそうだ。「外で働くのが面白い」。圃場での栽培管理では自ら耕うん機を駆って、中耕作業に取り組む。使用しているのはホンダのガス耕うん機ピアンタFV200。これを女性向けの専用機として使い、軽快な作業を行っている。「使っていて気持ちの良い機械です。操作が簡単で負担が少なくすごく楽。パワーもあります。少量多品目の農業では重宝します。それに可愛いし、女性なら使ってみたいと思う」と、女性に合った農機が農作業の大きな力になっているようだ。またこの他、ホンダの小型耕うん機F410が活躍している。

 農機を使用して肉体労働をこなし、作物の状況を把握してスタッフに指示を出すなど、男性農家と代わらぬ働きをする薫さんだが、女性農家ならではの悩みもある。その一つが子育てと仕事の両立。この世界でも他の業種と同じで、如何にその問題を解決していくかは、社会で女性が活躍する鍵ともなる。特に新規就農者を増やそうと思えば、夫婦で働く例は少なくないわけで、重要なネックと言える。薫さんは現在、7歳、4歳、0歳と、3人を子育て中。家で面倒を見てくれる人はなく「仕事中は保育園に預けて、その送り迎えもしています。ぎりぎりまで働いて家庭のこともしなければなりません」。女性農場長の負担は重い。

 また女性農家としては、服装にも気を遣う。農園周辺では非農家との混住化も進み、作業を見られることもあれば、直売所でレジに立つこともある。また「着替える間もなく保育園に迎えに行くこともあります」。見られても恥ずかしくない格好で農業をする。それは社会との繋がりをしっかりと意識していることでもあり、“カッコいい農業”に近づく一つの方法とも思えた。


生活者の視線を農業に

 女性はコミュニケーション能力が高いと言われ、鈴盛農園でも薫さんの存在が地域での対人関係を円滑に進めている。「一緒にいると、付近の農家がどんどん喋り掛けてくれる」と啓之さんの実感。また仕事が丁寧、袋詰めが綺麗など、男性農家に比べ得意なことも多い。その背景に生活者の目線を男性よりしっかりと持っているという事があるようだ。「袋詰めは店先で実際自分が手に取りたい物を想定しながら作業します。また形が悪くても味が変わらない物など、値段との関係でどこまでだったら許せるのか、その度合いを、買って下さる人と同じ視線で、感覚として分かります」。生産者が実需者でもあるわけで、より買い手の気持ちになった商品展開が可能となる。ニンジンの生産では独自の農法で糖度の甘い物を作っているが「子供が食べてくれるものを考えれば食べやすくて甘い物が良いなと思っています」。その生産に生活者としての気持ちが広がっている。その上で「これからは、マイクロキュウリ等、可愛いものを作りたい」。実需者の指向と自分の気持ちを重ねて感覚的に捉える。また加工においても、同農園の代表的製品である“にんじんジャム”は薫さんの発案。「毎日ニンジンを食べているのに、まだまだたくさんあって、それで何か出来ないかなと思って作り始めました」。有る物を無駄なく使う。生活者の感覚が活かされている。

 啓之さんは前職のサービス業での経験を活かし、需用者の立場になって商品展開を行い、カラフルニンジンの導入も進めたが、それでも「最初は自分だけでやっていて、何でもかんでも男っぽいものだったかもしれません」と自戒する。2年目に薫さんが農園に入ってきて、「常に意見を聞けるようになり、段々と実需者の女性に歩み寄ったものになった」。様々なことを薫さんというフィルターを通すことで、生活者の目線を真に感覚として取り入れた農園に変化していった。「世に出す前の門番です」。それが実需者の共感を呼ぶことに繋がっている。男性的なものが女性的なものを取り入れることは、あるいはその逆もまた、成長の一つの過程といえる。それが変化する社会に対応するための方法でもある。農業が女性の力を取り入れていく意義がそこにある。

 農業の世界に入ることは、薫さんの人生にとって思わぬ展開だったが今では「これが本当の生活だという実感があります」と気持ちが変化している。「畑に出て、太陽の下で働いて、野菜を作って、それをご飯にして食べる。その繰り返しで季節が変わっていく。そこに本物の生活が持つ厚みがあり、豊かさがある」。薫さんの語る情景に農業の持つ大きな魅力が伝わってくる。

 啓之さんの目標の一つは「農業をもっと身近なものにする」こと。その上で、「観光農園や直売所を集約した農業テーマーパークの様なものに辿り着くかもしれません」。その中で展開されるものの根底にはきっと薫さんが感じるような農業の豊かさがあるに違いない。本物の生活、現実の実感、そのようなものを伝える施設の価値は決して小さくない。

 女性農家は単なる労働力ではない。経営に参加することで、経営の質を変えていく。相克する者が互いの利点を取り入れ、乗り越えていくことで、新たな成長へと至るように、日本農業が女性農家を取り入れることで、持続性のある明日の農業へと変わっていく。そんな景色が目に浮かんだ。


 

 

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