株式会社マーケティングジャーナル

ファーマーレポート

土の中に地域の宝

幻のごぼう“はたごんぼ”で未来を紡ぐ」

取材先:和歌山県橋本市 農事組合法人くにぎ広場・農産物直売交流施設組合 組合長 岡本進

2017年3月号掲載 

 

 地方創生が掲げられ各地で様々な取り組みが行われているが、地域を活性化する一つの方法はその地に事業を起こすということだ。それにより利益が生まれ、人が集まる。それはある種エネルギーのようなもので、暖めれば水が沸騰するように、それまで停滞していた物事がにわかに動き出す。そして起こした事業が多くの者の利に適うのなら、これを存続しようとする動きが生まれる。それが時と共に朽ちていこうとしていた流れに抗う力となる。ではそんなエネルギーを呼び込むための事業とは。まず何よりもどんな価値を提供するのか、できるのかということが肝になる。余所になく、独自性があり、使う物に驚きや満足、豊かさを与えるような、それが事業の根幹。よく探せばどんな地域でも一つぐらいはどこかにあるはずだと、思うのだが。どうだろうか。


 

 
▲直売所 ▲復活した幻のごぼう ▲太くて長いはたごんぼ

 

幻のゴボウ“はたごんぼ”を復活
 高野山への巡礼道は高野七口と呼ばれる七つの街道があり、その一つが昨年秋に世界遺産に追加登録された黒河道(くろこみち)。その道の始まり辺り、国城山の中腹に位置している和歌山県橋本市西畑には、“はたごんぼ” という特産物がある。長さ1m、大きいものは直径10cmにもなるゴボウで江戸時代から作られ、地域の歴史を記した“南紀徳川史”にはこの辺りのゴボウを『太く長くして中實して甘美この味ひ他に勝土地の名物なり』とその味を高く評価。戦後までは仲買人がいるほど作られ、名産として地域経済に貢献してきた。しかし生産には多大な労力と手間隙がかかり、次第に作り手が減少。みかんや柿などの果樹栽培に農業生産の主軸が移り表舞台からその姿を消した。それから数十年、農業を取り巻く環境が変化し、地域の高齢化が進み、地域農業の主力となった柿の単価も下がる中で“はたごんぼ”復活が図られた。そして生産からさらに一歩踏み込み、これをこの地域から提供できる“他では得難い価値”としての事業化が進められた。その中心となっている農事組合法人くにぎ広場・農産物直売交流施設組合の岡本進組合長(72歳)に話を聞いた。
 「太くて長いのが大きな特徴」と、普段、量販店などで見かけるゴボウとの違いは一目瞭然。太く逞しくワイルドな存在感に溢れている。しかし栽培されているのは一般的なゴボウ品種の“滝の川”。育む土壌に大きな特長があるのだ。「この辺りは砂地や火山灰ではなく粘土質の赤土です。そこに植えると土壌と抵抗しながら太く長く育っていきます」。加えて標高約200mほどの気象条件、大きな寒暖差、様々な環境が相まってここにしかできない地域独自のものが生み出されている。食味は「柔らかくて香りが良く、味が良い」。ワイルドな見かけとは裏腹に繊細な品質。高い商品価値を有している。
 一時生産が途絶えていたこの幻のゴボウ “はたごんぼ” 復活に取り組み始めたのは平成20年の事。「西畑の有志が立ち上がり、『幻のはたごんぼ塾』を開き、自家消費用に細々と生産をしていた古老の人達に作り方を教えてもらいました」。そして始まった“はたごんぼ”作りは徐々に規模を拡大し、耕作放棄地となっていた棚田の水田を再生して栽培されるようになった。「長年耕作していない放棄地は竹や灌木が生い茂り、それが3mほどにもなっていて、根を掘り起こして開墾し元に戻すのは、大変な作業でした」。しっかりとした排水対策も施し、平成28年は25aの栽培面積で2.5tの収穫量となった。
 種蒔きは3月の下旬。2粒ずつ畑に直まきしていく。それから収穫までの約半年間、気の抜けない日々が続く。「種をまいてから発芽するまでの2週間は毎日潅水しなければなりませんし、発芽したら虫に食べられることがないようにしっかり観察し、虫が出たら駆除。4月、5月ぐらいになると草むしりに追われ、間引きの手作業も大変です。半年間の間は本当に毎日目が離せない。それを怠ると良いものはできません」。その中で最も大きな労力を必要としているのが収穫作業。粘土質の土中深くへと伸び、しっかりと身を太らせたものを傷付けず折ることなく、掘り出さなければならない。昔は“はた(西畑)には婿にやるな”と言われていたそうで、機械などない時代の苦労は計り知れない。今、その苦労の幾らかは機械が肩代わりする。「ゴボウが植わっているすぐ横をユンボで深さ1mの溝を掘り、そこにゴボウを倒し、一本一本収穫していきます」。この他にも「トレンチャーを使用し、植える前に1mぐらい掘り起こして土を柔らかくして、その上に種をまきます」。収穫後の土作りでは堆肥を散布し、その時にはトラクタと堆肥散布機、ロータリーが活躍する。この機械化では和歌山県が実施した“企業のふるさと事業”を活用し、平成25年から井関農機協力のもと進められた。また耕作放棄地の整備でも土壌改良や排水対策などで同社が大きな力となっている。“はたごんぼ” 生産のマイナス要因となっていた“大きな労働負荷”が機械力を駆使することである程度取り除かれ、生産者にとっての商品の魅力を高めることになっている。
 生産の課題ではこの“大きな労働負荷”以外にも連作障害がある。「一般的には2年作って、4、5年あけます。本来は畑を回していかなければなりませんが、私たちが作っているのは山間の棚田であまり圃場に余裕がないので、できる限り同じ所で、連作障害が出ないように土壌消毒をしたり、土壌の改良を進めています」。現在使用中の畑は3年目。連作の影響はなく、収量は好調で豊作。今年4年目のチャレンジが行われる。

直売所を運営し、本格的に販売
 有志から始まった“はたごんぼ”は現在、農事組合法人のくにぎ広場が中心となって生産を行っているが、ただ、“はたごんぼ”を作るのではなく、収穫物の販売、加工も手がけ、それを商品として展開する直売所も運営。現在組合員は38名で、単なる生産から、事業の展開へと大きな役割を担っている。元々組合の設立は平成23年。それから“はたごんぼ”との付き合いが始まり、翌年からは仮設店舗にて土日だけの販売を始める。平成25年に組合は法人化を果たし、翌平成26年からいよいよ本格的な生産へと移行した。
 それと並行して地域では、集落の利便性を向上させ、高野山へ向かう新たなルートとしての紀の川フルーツラインの建設が進み、平成27年4月に開通。その時にこの紀の川フルーツラインに直売場を設け、そこを拠点に“はたごんぼ”の本格的な販売が始まった。
 また平成26年に和歌山県が優良な県産品を選んで推奨するプレミア和歌山において特に優れた産品に与えられる審査員特別賞を受賞。それを機に認知度も上がり売れ行きは好調。「選別してプレミア和歌山のシールを貼って売っているものは1kg1500円で店頭販売することができています」。この他、テレビなどで何度か紹介されることもあり「老舗旅館や人気のレストランなどから注文を頂くこともあります。また青空市場やショッピングモールなどでの出張販売もします」。和歌山県から神奈川県の湘南に出張販売をしに行ったこともあるそうで、自分たちで車を運転し売り子も行うなど、「大変です」とのことだが、新しい人との出会いもあるわけで、この事業に携わっているからこその充実とも思える。販売における課題は、需要に対する充分な供給量を如何に確保するかということ。山間にあって、生産に適した場所を確保をすることはそれほど容易なことではないようだ。
 販売拠点となっている直売所は“はたごんぼ” を栽培している畑のすぐ上にあり、紀の川フルーツラインを通る車が立ち寄り、ドライバーが休憩できるスペースとしてトイレと共に橋本市が整備した場所に、地域の人がお金を出し合って建設した。“はたごんぼ” の他、地域名産の柿や一般野菜、加工品を生産者から集めてここで販売している。また秋にはこの場所で“はたごんぼ”の収穫祭も開催。「シンガーソングライターなどを呼んだりしてイベントを開催し、橋本市近辺から人が来てくれる」。消費者との交流も積極的に行い、リピーターとなってくれる“はたごんぼ”のファン作りにも取り組んでいる。組合員が作り、組合員が運営する直売所には、随所に組合員の思いがあり、地域を愛する心を感じることができる。
 また、“はたごんぼ”は高野山への奉納も行っている。標高が高く、作物があまり育たない高野山へ参拝道を歩いて米や野菜などを運んだ“雑事のぼり”という古い風習を復活させたもので「17kgにもなる“はたごんぼ”を背負って世界遺産に登録された黒河道を8時間歩いて金剛峰寺へと届けます」。“はたごんぼ”の事業を通して農村にある文化の復活も果たした。

農業の事業化で地域を持続
 事業を成立させるためには収益の確保が必須。そのためには加工への取り組みがなくてはならない。そこを如何にうまく事業に取り入れるのか、魅力的な商品を如何に開発していくのかが、事業の行方も左右する。“はたごんぼ”の栽培では、様々な形状のものが育ち、規格外となったB品は加工にまわされる。そこで大きな活躍をしているのが組合の女性陣。様々なアイディアと粘り強さで多様な商品を展開。ごぼう茶を始め、ゴボウの中をくり抜いて作るお寿司、ゴボウ一本を使った巻き寿司、ゴボウ入りコロッケや炊き込みご飯などを製造し店頭で販売している。和歌山県立医科大学の研究調査によると“はたごんぼ”は一般のゴボウに比べて抗酸化作用やポリフェノールの含有に優れていると報告され、ゴボウを細かく砕いて作るごぼう茶は「腸の働きを整え、美容にも良く」、健康の増進が期待できると人気も高い。
 「加工品を作れば付加価値をつけることになり、収穫が終わった後も年中販売することができますので、これを積極的に進めていきたい」。ただ、加工には大きな労力を必要とする場面も多く苦労も多い。例えばごぼう茶なら、小さく刻んでいかなければならないが、“はたごんぼ”はその大きさのため、最初は手作業によってある程度の大きさにしないと機械に投入することができない。「刻む作業は大変です。長い時間やっていると肩がガチガチになる」と女性加工部員。労力の負担を軽減する機械化は、生産場面だけではなく、加工においても、強く求められている。
 「年々くたびれてくる」。山間の集落を基本にした事業であり組合員の高齢化は避けがたく、その言葉はこの事業全体を通した課題でもある。直売所は今年3年目。土日だけの仮設店舗から火曜日のみを休業とした本格的な営業に移り、その日々は充実でもあり、慌ただしくもある。「人員の配置にも苦労します。店番やレジはボランティアでやっている事も多い」。かかる負担を軽減する一つの方法は充分な収益を上げ、組合員に還元していく事。そのためには事業の発展が必要であり、「私たちの“はたごんぼ”の知名度を上げ、全国に展開したいと思っています」。名を知られることは携わる者の誇りになり、励みにもなる。それが事業を進める力にもなる。
 本格的な事業化は始まったばかりだが、この取り組みを通して県や市の応援を受けることになり、生産活動においては井関農機の協力なども得ることができた。何も始めていなければそういうことは起こらないわけで、事業を起こすことが、様々な人を集めることに繋がっている。今年は“地域おこし協力隊”として若い人もやって来る。地域が抱える最も大きな課題は高齢化だが、事業化が人を集め、また収益を生み、新たな就農者を生むことに繋がるかもしれない。世代を継ぎ、時間を超えていく力がそこにある。
 平場と異なり、中山間地では、農業が主となる産業であることが多く、そんな地域を持続するためには農業の活性化が必須となる。しかし、生産面だけの強化では十分とは言えない。もう一歩踏み込み、地域の農業を6次産業化も含めた事業にすることが大切だ。ただ農産物を作るだけではなく、販路を開拓し、認知度を上げるプロモーションを行い、廃棄率を下げ付加価値を上げる加工品の開発に取り組む。それらの活動を通して、収益を残して、人を養い、人を集める。うまくいけば持続性のある地域の形成に繋がる。
 そのためには何よりも起こした事業の成功が求められる。鍵となるのはその土地にある資源。その発見あるいは認識がすべての基盤になる。そしてその土地が育む魅力的なものをどのように活用していくのか。そこに知恵と工夫が求められる。“はたごんぼ”の場合、その独自性故に商品価値は高く、他のゴボウに比べて高い選好性を持っていると言える。ただ消費者にとってみればその資金を必ずしもゴボウに振り向ける必要はなく、代替となる野菜や食料は幾らでもあるわけで、どのようにして選択して貰うかは常に根本的課題だ。付加価値を高める方法は様々ある。その土地にしかないもの、その土地だからこそできるもの。棚田も、山手から望む景色も、黒河道も、そこに暮らす人達も、活用できる魅力はまだまだ多くありそうだ。高齢化が進む中で課題も多いが、その一つ一つに対して自ら主体的になりその可能性を探っていくことが、農業の事業化なのではないかと思えた。“はたごんぼ”が紡ぐ未来に豊かな農業の明日を期待したい。


 

 

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