株式会社マーケティングジャーナル

ファーマーレポート

ファイティング・アグリ・スピリッツ「埼玉をヨーロッパ野菜の産地に」

取材先:埼玉県さいたま市岩槻区 さいたまヨーロッパ野菜研究会 副会長 小澤祥記
2016年7月号掲載

 

 TPPの発効が視野に入る中で、海外からの農産物がより競争力を増すと警戒を強めている生産者は多いが、ただ身構えているだけでは農業を守れない。目の前にある脅威に向き合い、立ち向かっていくことが必要だ。とは言え、正面からの力比べだけでは少々分が悪い。やり方を工夫するのも闘いの内だ。方法は多々ある。進化の歴史を見ても明らかで、大きくて力の強いものだけが生き残るわけではない。新しい環境に対応できる術を身に付けたものが生き残る。埼玉では国産のヨーロッパ野菜を作ろうという試みが行われている。外国の野菜を国内で作ってしまおうというもので、そこに新しい時代の新しい農業が始まっている。

 

 
▲生産者 ▲ヨーロッパ野菜の圃場 ▲印象的なカラフルな野菜

 

埼玉でヨーロッパ野菜を栽培

 「ヨーロッパ野菜を“さいたま”のブランドにしていきたい」と語るのは、“さいたまヨーロッパ野菜研究会”の副会長を務める小澤祥記さん(37歳)。2013年に設立され今年4年目を迎える研究会で、ルーコラ・セルバーティカやカリフローレ、フェンネルなど、聞き慣れない野菜が現在50品目ほど栽培されている。1年目にまずこの地で作れるかどうかの試行錯誤が行われ、2年目にはビジネスとして成り立つための採算に合う方法を探り、3年目には販売先の確保が行われ、そして4年目の今年は、安定出荷を大きなテーマとして取り組んでいる。その中で今年の4月に農事組合法人FENNEL(フェンネル)が設立された。組合員数11名で研究会に所属し共同出荷・販売を行う。個々の生産者が一つの法人となり、新たな段階に踏み出している。

 ヨーロッパ野菜に取り組むきっかけになったのは2013年の1月。さいたま市農政課の主催でイタリア野菜勉強会が開催され、そこに小澤さん達生産者が出席した。「埼玉でレストランを経営するノースコーポレーションの北社長やそこで総料理長を務める人の話がありました」。市内にはイタリアンやフレンチのレストランが数多くあり、国産のものを是非使いたいと思っているという話で、それを受け「それならばやってみよう」とヨーロッパ野菜への挑戦が始まった。実際さいたま市ではワインやチーズ、パスタの1人当たりの消費額が日本トップクラスであり、それらを背景に「ヨーロッパの野菜を栽培して地産地消する」試みが始まった。

 そしてその年の4月に“さいたまヨーロッパ野菜研究会”が結成。小澤さん達生産者に加えて、需要者となるノースコーポレーションなどのレストラン、日本向けに品種改良したイタリア野菜を普及させたいとしていたトキタ種苗、流通を担う業務用食材卸・青果卸の関東食糧、IGSなどで構成され、レストランを基本にホテル、結婚式場、介護施設、病院などに販売されている。レストランや卸は生産者から優先的に収穫物が供給され、生産者は、種苗会社から栽培方法などのアドバイス、新品種の情報提供を受け、レストランからは実需者としての意見や評価を得る仕組みとなっている。

 「1年目は生産者4人から始めました。種苗会社から種の提供と技術指導を受け、何度も勉強会をして頂いた。そして暑い夏といくつもの台風を乗り越え、11月ぐらいから収穫が始まりました」。ただ、商品として出せる歩留まりは3割ほど。「家庭菜園レベルで利益は全然上がりませんでした」。しかし、鮮度がよく、シェフによる味の評価も上々で、ここまでできるのかという声もあり、それならば「もう1回」と悔しさをバネに評価を励みに取り組みが続いた。

 そして研究会の生産者も2年目には4人から7人へ。栽培技術の向上と共に秀品率が向上。次は生産コストを考え採算がとれる栽培方法の確立が課題となった。3年目は生産者が10人となり、生産量も増え、4年目は11人に。その体制で、取引の拡大が進められ、その売り先に対して如何に安定的に供給していくかが大きな課題となっている。「最初の2年間は大変でしたが、とても面白かったですね。仲間で集まって作ったことのないものを作りあって、サークルのようでした。しかし、次第に先々の苦労と不安が増えてきました。多くの人に支持されていく中で、失敗ができなくなってきました」。期待する声は大きくなり、それに応えるプレッシャーは高まる。

 しかしそれは事業の成長を意味してもいて、旧態依然とした農業の中で厳しい状況に陥っている農家が少なくない中、農業を明日へと繋げている。

作れるかどうか、売れるかどうかも分からないリスクの大きさゆえ、農家として実績を積んできたベテランはあまりやりたがらなかった取り組みだが、後継者を中心とした若手が集まった同研究会では「親とは違うことがしてみたかった」との思いもあり、新しい事に踏み出す後押しになった。また学校を卒業して一旦一般社会で働いた経験を持つ者が殆どで「農家以外の生活を知っている」ことも、従来のやり方ばかりに捕らわれない柔軟な発想の一助になっているのかもしれない。現在は専業農家として親の世代が培ってきた農業にヨーロッパ野菜の栽培を取り入れる方法で、農業に取り組んでいる。さらに一歩進め、中には全てヨーロッパ野菜に切り替えてしまった生産者も1人いる。

 小澤さんの場合、長ネギの栽培をメインに季節の野菜を生産し、それらを量販店のインショップで販売するという農業経営を展開する中で、「連作障害を避けるため」もあってヨーロッパ野菜の導入が図られた。


地産地消を基本に展開する

 現在、研究会の事業規模は「年間で50品目ほど栽培し、埼玉県内の1000店舗、都内の120店舗で使って頂いています」。ヨーロッパと埼玉では気候が違い、土質も違う。当然同じものは作れない。だから、「真似をして同じものを作ろうとするのではなく、こちらに合ったもの作れば良いんじゃないかと思っています。埼玉の人が食べる、埼玉のヨーロッパ野菜です」。地産地消を基本に気候、風土そして食べる人の味覚にあったものが目指されている。シェフの評価は「幾つかの野菜はもう本場と変わらない」というものもあるし、あるものに関しては「香りが弱い」と指摘されるものもある。それらの意見を聞きながら肥料や管理、土作りの工夫を行っている。加えて生産者の顔が見えることによる食への安心、生産地と消費地が近いことによる鮮度の良さが魅力として付加されている。

 今、1000店舗を超えて同研究会のヨーロッパ野菜が供給されているが、その流通で大きな力となっているのが会員として加わっている卸の存在だ。出荷作業は大変手間のかかる作業で、多くの店舗に個別発送していくことは難しい。「今は月、水、金、土、と週4回の出荷で、分荷にも手間がかかります」。その中で運送会社使った発送や卸による集荷が行われている。流通に係る手間をなるべく削減し効率化していくことがより多くの生産物を出荷していくことにもなり、売上を伸ばしていくことにも繋がる。


安定出荷が大きな課題

 4年目を迎え、栽培技術が向上し、品質の良いものが作れるようになり、売上が出せるようになってくる中で、会員となっていた生産者11人で農事組合法人FENNEL(フェンネル)が立ち上げられ、生産部門の会員が個人から一つの法人になった。「大手さんとの取引における信用の問題や、共同使用する施設への投資ができるなどメリットは大きいと考えています」。また一方で、法人組織としての責任もしっかりと果たしていかなければならない。求められる一番大きな役割は安定出荷だ。「大切な事は確かな品質のものを予定通りに作って出荷するということです」。現在1人5品目程度を分担して作り、作物を専門化して栽培の習熟を早めるなどの取り組みを行っているが、1人しか作っていない野菜も何種類かあり、そこで生産計画が狂うと予定の出荷量を満たせないという事も起こる。また、どこにでもあるような野菜ではないので、他の産地で不足分を補うということもできない。「大きな案件を頂くことはありがたいのですが、失敗できないというプレッシャーもまた大きなものがあります」。今後の大きな課題だ。

 品質の高いものを安定的に供給する上で、各生産者の技術を等しくレベルアップすることも大切になってくる。「共同でやっているので、この人の野菜は良いけれど、この人のは駄目という事では、組合にした意味がありません」。出荷日に集まった前後や夜に行う定例会などで情報交換を密にし、レベルアップを図っている。仲間でやるからこそお互いの技術を高めあうこともできる。

 この他、共同で冷蔵庫を購入したり、集出荷場を設けたり、事務を担うスタッフを雇用することなど法人化するからこそできることも多そうだ。

 展示会などに出展すると、ヨーロッパ野菜に関心を持ってくれる人も多いようで、「今年3月には、興味を示して頂いている卸さんにお声がけをし、こちらで商談会をしました」。研究会に所属している2社の卸だけでは売り切れないものを流通させる販路の開拓となり、取引先が拡大。可能性と同時に責任も大きくなった。その先にヨーロッパ野菜の産地になる“さいたま” の姿があるに違いない。

 法人名となったフェンネルは日本ではウイキョウと呼ばれ、地中海沿岸が原産で、香味野菜として利用される。「作るのが難しくて販売も難しい野菜です。だけど、会員の皆がこの野菜が好きで取り組んでいます。それは私たちの取り組み全体にも似ているところがあります」。取り組む人が少なくて難しいけれども大きな魅力があるということだろうか。「これがうまく作れ、フェンネルと言えば埼玉のヨーロッパ野菜研究会と言われれば、この取り組みは成功だと言えるような気がします」。それは新しい作物がしっかりと根づいた証に違いない。

 小沢さんは子供の頃、農業が嫌いだったと言う。「遅くまで働いていて大変そうで、小学生の頃はやりたくなかった」。しかし農業を継ぎ、今となってはそういうイメージを次の代には、持ってもらいたくないという思いが強い。「泥臭くて大変で稼げないというイメージを、格好良くて稼げてクリエイティブなものにしたい。何でもできるんだよというプラスのイメージを持ってもらいたい」。フェンネルの取り組みがまさにそういうものであり、新しい作物への挑戦、柔軟な発想、売ることをしっかり考えるビジネス感覚、展示会での野菜のディスプレイも元フラワーデザイナーや花屋さんの経歴を持つ生産者が携わり他の展示とは一線を画すセンス、新しい時代の新しい農業が始まっている。従来の“その土地で作りやすいものを作る”から、“求められるものを作る”へとスタンスを変え、その上で新しい物を生み出すクリエイティブさを発揮。強い意志のある物づくりに格好良さを感じた。そこに環境変化に立ち向かうことができるファイティング・アグリ・スピリッツがあった。


 

 

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